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きみの一族は肉団子すらも忘れてしまったのかね 

「この曲を聴くと、高校時代を思い出す」

なんてことは

よく言われることで。

対象のブツを

聞いたときの 自分の状態

見たときの  自分の状態

触れたときの 自分の状態

音楽、映画、絵画etcは

特に(わかりやすく)自己変遷がわかる

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今夜は『ラピュタ』が金曜ロードショーだよー

という携帯メールが7人から  

ありがとお 

9時からDVDでちゃんとみたぞよ

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■とりあえず今日はラピュタで自己客観視  

・8歳くらい  

  パズーがんばれー

  ドーラ一家楽しい、ムスカは悪いやつだ  で終わってた

・12歳くらい

  クラシック音楽にハマッてたのもあり 

  久石譲BGMばかりに集中してしまう。

  「楽器なにつかってるのか、何人編成の弦楽器か、」とか

  

  徹夜で耳コピしたり なつかしい

  楽譜があるということはあとで知ったという 

・18歳くらい

  哲学にハマってたときは

  セリフ1つ1つがもつ意味、行動が気になったし

  (「ドーラはなぜあのとき 肉を丸呑みしたんだ」についても

   1ヶ月以上考えてたり)

・20歳くらい  

  建築・構造力学にハマってるときは

  構図やメカ仕組みが気になったし

  美にハマってたときは

  服装や色合い、輪郭が気になったし

  「ムスカの歩き方かっけぇ」 →姿勢を気をつけるようになったり

                    →マネしたり。

この辺りから

ムスカの存在そのものが

自分の人生に大きく影響してくることになる。

その後は

人格を含めた行動を 主に見るようになり

同時に音楽・構図・カメラワーク・美 (あとムスカ)

ニコニコ動画で「肉団子2つ!」のMAD動画をみてから

しばらくの間は 肉団子しか見れなくなったけど。

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ラピュタはもちろん

ジブリのキャラクターらは

皆、

正直で素直すぎるんだ

それが 自分にとって

「凄まじく重苦しく」感じたことも

また、

「羨ましく」思ったこともあった。

それは

自分の思考回路が不安定であり、

自分の状態そのものが

浮遊していたからであろう。

とある底無しに堕ちて

  とある闇裏世界を越えて

    とある地点に辿り着いたとき、

ようやく

すべてを「純粋そのままに」受け入れることができるのでは。

(すべて=自分の存在を含めたすべて)

良くも悪くも 

とりあえずの現状は「とある地点」のところで

こうやって自分の現状把握が可能となる(可能にしてくれる)、

それがジブリ

それがラピュタ

それがムスカ

それが肉団子

先の人生において 再び底無しに堕ちたとしても

今度は

新たな思考を  新たな解釈を

得ることができるであろう。

で、

ここ最近(といっても2年くらい前)

わかったことがあって それによって

ラピュタ =       

という構図が出来上がってしまい

しかしながら[言葉で]通じる人が少ないので

最近あまり言わないように心がけて

これもまた

各人が一番よくわかってるはずだからだ。

「身に沁みて」わかっているからこそ

認識に至らない、   

   

れはよくあることで

「身に沁みてる」から こその現象ではなかろうか

つまり

[言葉]では言い表し難い

[感覚]の域であるからであろう。

 ラピュタは滅びぬ、何度でもよみがえるさ、

 ラピュタの力こそ人類の夢だからだ!

この人も含めて。

「肉団子2つ!!」 

「にくだんっ! にくだんっ!」 

という動画があったはずなのだが

なぜ見つからない

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