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我々の感傷的思考は 仏教無常観に影響されているだけである。 自己の論理を構築せよ。

我々が 
我々の文化圏内において
特別に感傷的であるということが
正しいのであれば
それは
我々の歴史から辿る生活様式に
関係がある、
そう考えられるのではないだろうか。
感傷は
己の内部に留どまっているのであり、
モノの内部には入っていかない。
懐疑であろうと
批評・批判であろうと
その思考そのものが
モノの内部に入っていかない限り
単なる感傷に
過ぎないのである。
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では、
「単なる感傷」とは何か。
感傷とは
 
情念の普遍的な形式の1つと云える
無論、
何らかの実態があるわけではない。
ただ、
そう思われるのも 
それが情念の一種ではなく、
1つの "存在様相 " であるからである。
D猫殿下@ぬああああああああああああ
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