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日は無作為に

 

人は皆、与えられた「時間」の中で生きている。

 

「時間」を定法則により分割

その1つに「1日」、つまり24時間がある。

 

自分がこの「1日」を過ごし、

そしてそれが蓄積していき「1ヶ月」になり…

 

人生はこの蓄積を基底として成り立つ。

 

何もしていない日々

何も得ていない日々

 

生きている意味が無いと誰しもが一度は思ったことがあるだろう。

 

そう、

日は無作為に己を犠牲にしていく特性があるのだ。

勿論、有意義な日もあるが、ここではそれは言及しない。

 

自己の犠牲によって自己の破壊につながり、

当然の如く、日々の蓄積が無意味に思えてくる。

 

致しかたないことである。

 

それでいいのだ。

なぜなら、

自己の破壊により、自己の建設を導く可能性が生まれてくるから。

 

一定期間が破壊であれば、

破壊したものを直そうという建設時期が必ず来る。

 

人生とはその繰り返しでしかないのだ。

 

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