Check for details

美味しいなら美味しい。マズいならマズい。それでいいではないか 猫の缶づめ2

とりあえず実話 

-------------------------—-  

周囲から "美食家" と言われてる人がいました

あるとき、 有名な懐石料理店に行くことになりました 

もちろんその "美食家" も一緒に。

  女将が言いました。

    『新鮮旬菜とれたて天然マグロ料理でございます』

  彼は食べました

   『さすが!このマグロは最高だ!やっぱりここの店が一番ウマい!』

彼(=美食家)は 満足げに食べておりました。

ちょうど食べ終わった頃、

店の女将が来て言いました。

   『すみません、 間違えて 猫用の缶づめを出してしまいました』

   彼 『・・・へ?』

   彼 『ま、、まあ、、食べれたことは食べれたけど・・・。

     確かに変な味がした気がした気がしないでもない。。。』

己の感覚を信じてないと

こういう言い訳じみたこと言うことになる   言わざるを得ないというか

己の感覚を信じてる人ならば

驚愕・感動するはずではないだろか

   『おお! 猫の缶づめって こんな美味しいモノだったのか!』

というように。

"じぶんが食べたもの" を 「美味しい」と感じたのは 

他ならぬ 自分自身

天然マグロだろうが 猫の缶づめだろうが

最終判断を下すのは 自分の感覚器官 

その感覚を信じてあげないで 何を信じようというのか

「彼に 猫の缶づめを 出してあげてくれ」

店の人に頼んだのは

じぶんじゃないですよ。 たぶん

「このことは、彼が 食べ終わってから言ってあげてください」 

そう頼んだのも 

じぶんじゃないですよ。 たぶん

「彼の眠っている感覚器官を 呼び覚ますための 大事な実験なんだ」

企画したのも

じぶんじゃないですよ。 

たぶん

You can leave a response, or trackback from your own site.

Leave a Reply

DMM FX