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vol.054 批評という行為は究極的に

24 -TWENTY FOUR

 

シーズン7 のレンタル開始の日程表

 

全12巻  リリース日

Vol.1-3  2009年7月3日(金) Vol.4-5       8月5日(水) Vol.6-7      9月2日(水) Vol.8-9     10月2日(金) Vol.10-11   11月6日(金) Vol.12     12月2日(水)

 

12月とか…  待てない。。

 

24 -TWENTY FOUR- シーズンVII DVDコレクターズ・ボックス〔初回生産限定版〕

これでも買ってしまおうかと思うくらいだ。

 

 

 

映画はよく見る。(アニメもだが)

 

 

映画レビューなんかで

「○○○ってつまらなかった」 とか

「□□□はテンポが遅い」だとか…

 

そんなコメントをよく見かけるが、

これもまた『各人の価値観の相違』になるのだろうな。

 

 

自分も勿論

「○○のストーリーは支離滅裂な気が…」 などと

思うことはある。

 

 

しかし

ストーリー以外に感動する部分はたくさん潜んでいるものなのだ。

作品というものは。

 

 

背景の色彩やカメラワークはもちろん、

一瞬映った自転車の置き方、

エキストラ達の歩き方、髪型・服装…

挙げたらキリがないほど

「作品」には様々な楽しみが潜んでいるものだ。

 

 

それを見つけれるか、

いや、

「見つけようとしているか」、

 

結局

そこが人の視点・価値観の相違なのだろう。

 

 

****

 

 

映画は「人間が創り出したモノ」

 

 

絵画、音楽、文学、数式、科学……

ありとあらゆるものは

すべてが「人間が創り出したモノ」。

 

 

その中でも最も神秘的なものは

やはり

人が人を創る(産む)ことであろう。

 

 

産声をあげ、成長し、

肉体と精神を合わせもち育ってゆく。

 

 

 

「なにか」を批判・批評するという行為は

世の中には必須といっていいほど存在するが、

 

その行為に対して

自分は常に疑問を感じている。

 

 

なぜならば、

「なにか」を批評するという行為は

「他人を批評している」という行為と同義だからだ

 

 

****

 

 

果たして

人間が人間を批評できるのであろうか

 

果たして

人間が(人間が創り出した)作品を 批評していいものであろうか

 

 

自分が最もなりたくない職業は

評論家。

 

 

まぁ「もしも」評論家になったとしても

メディアを気にせず毒舌吐きまくりになるだろうが。

そして、行く末は

いわゆる「一般人」に批判されまくる運命なのだろうがな。

(…評論家の方々、すみません。。)

 

 

「なにか」を批判・批評して何が楽しいのだろうか

 

 

単なるストレス発散しているだけなのか?

それとも 優越感に浸りたいだけなのか?

 

『悪いところ』を見つけることで

正義感を堪能したいだけなのか?

 

 

 

「なにか」に潜んでいるであろう『良いところ』…

 

それを見つけようとしないのは

何故なのだろうか

 

【余談】

淀川長治氏、

ロードショーの前のたった数分で

映画の醍醐味、映画の『楽しみ』を語ってくれる、

「映画を批評する」とか

そんなちっぽけな行為をする以前に

本当に

心底映画が好きなんだろうな、、

まるで人間と対話しているかの如く

映画と対話している

尊敬している人物の一人

 

 

****

 

そんなに『悪いところ』を見つけたいならば

自分に対してだけでいいじゃないか

 

人を批判する前に

まず自分を批判してみるべきだ

 

 

それが「自分を客観視する」という、

最も大事でありながら、

最も人が忘れている行為ではないだろうか

 

己も含めて

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